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灰色のコンクリート壁が道の両側に伸び、無秩序な落書きがその表面を覆っていた。
壁に挟まれた細い道の先で、大きなトンネルが口を開けている。一台の大型トレーラーがエンジンを唸らせながら、ゆっくりとその暗がりに吸い込まれていった。
トレーラーの姿が闇に消えるのを見届けると、僕は素早く道を横切った。車道の縁石を飛び越え、歩道の白線に沿って歩き始める。背中のリュックが肩に食い込み、時々担ぎ直しながら前に進んだ。
頭上の空は鉛色に沈み、前方には高層ビル群が威圧的にそびえ立っていた。僕はしばらく立ち止まり、街の風景を眺めた。何かを探すような、あるいは何かから逃げるような目で。
再び歩き出すと、通りを行き交う人々の表情が目に入る。誰もが疲れ果てたように見えた。段ボールを大切そうに抱えた少女、汚れたブルーシートの上でじっと横たわる老人、虚空を見つめたまま動かない男性。かつての活気は影も形もなく、空気までもが淀んでいた。すれ違う人々の目は不安を隠せず、どこか落ち着きがなかった。
気がつけば、ビル街の中心にある比較的新しい建物の前に立っていた。その建物に足を踏み入れることに、ある理由から躊躇いがあった。でも結局は、重い足を前に進め、自動ドアの中に入っていった。
ハローワーク。
「最近、仕事を辞めたんです。新しい仕事を探しています」
求職カウンターに呼ばれて、僕はそう切り出した。男性担当者は書類に目を落としたまま、マスク越しに何か言っている。何を言っているのか、聞こえない。
コロナ禍の今、マスク越しの会話は僕のような難聴者にとって、世界をさらに遠ざける壁だった。
「すみません、僕は耳が不自由なんです。手話か筆談でお願いできませんか」
その言葉に担当者はようやく顔を上げ、僕の表情をじっと観察した。
「失礼ですが、障害をお持ちの方ですか?」
周囲は求職者であふれ、空気が重く感じられた。
「はい、そうです」
「こちらは一般の求職者用です。障害者用のカウンターはあちらです」
男性は同じフロアの隅にある、年配の女性スタッフが座るデスクを指し示した。
僕は黙って立ち上がり、指示された場所へ向かった。デスクのネームプレートには「カウンセラー」と刻まれていた。彼女もマスク姿。
カウンセラーは椅子を勧め、僕の障害について質問した。
「耳が不自由なんですね。私は手話ができないので、筆談でいいですか?」
両耳が聞こえない僕は、補聴器なしではほとんど音を感じることができない。このフロアは人で溢れ、騒がしいはずなのに、その喧騒すら僕には遠い世界の出来事だった。
カウンセラーは無表情でキーボードを叩き、僕のデータを入力していた。突然、彼女は手を止め、メモ用紙を取り出してボールペンで書き始めた。
〈お名前は?〉
「春日友郎です」と声に出して答える。
〈これまでどんな仕事をしていましたか?〉
筆談の世界は無駄がない。学歴や興味、夢や希望について語る余白はない。質問は簡潔に、回答も簡潔に。豊かなコミュニケーションが難しい世界だ。
「熊本県では介護の仕事をしていました。同時に学校でプログラミングも学んでいました。でも就職が難しくて、それで福岡まで来たんです」
僕のぎこちない口話に、カウンセラーは眉をひそめた。
「それで?」
彼女の視線には明らかな疑問が浮かんでいた。〈耳が聞こえないのに、なぜそんな難しい仕事を?〉と問うているようだった。
言葉に詰まる僕に、彼女は容赦なく言った。
「こちらには障害者向けのプログラマーの求人なんてありませんよ」
少し意地悪そうな表情を浮かべた後、メモに書き記した。
〈以前の経験があるので、介護の仕事をお勧めします〉
僕はメモに目を走らせ、焦りを隠せずに言った。
「すみません、熊本から来たばかりで、すぐにプログラマーの仕事が見つからないと困るんです」
「それならなおさら、介護がお勧めですよ。福岡には施設がたくさんありますから」
「でも、僕は介護に向いていないんです…」
僕の言葉を遮るように、彼女は笑顔を浮かべた。
「実は、あなたにぴったりの施設がありますよ」
数分後、僕は紹介状を手渡された。

クソ、カウンセラーって肩書きは、何なんだ。あんな一方的なカウンセリングってありか?
これじゃ、強制雇用じゃないか。
僕の心の叫びは、誰にも届かなかった—音のない世界と同じように。
つづく
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